モラハラ・DV被害を受けた私が気づいた、今まで逃げていたこと

なぜ、私は夫からモラハラを受けるのだろうと、延々と考え続けていた時があります。シェルターにいた頃に眠れなかった日。真っ暗な部屋の中で、自分の小さいころから今までのことを振り返りました。

考え続けていると、なぜ私は夫からモラハラを受けるのか気がついたことがあります。それは私がいつも悩み、解決できずに逃げていたこと。逃げていたからこそ、同じ問題で悩み続けているんだろうと納得しました。

母と姉から「何もできない子」と言われていたこと

夫から「生きている価値の無い人間だ」と言われるから、自分を責めていると思っていたけれど、小さいときから母と姉に「何もできない子」と言われていることを思いだしました。

私は、3人兄弟の末っ子です。姉とは年が離れているから、姉より劣る部分があるのは当然です。でも私は母と姉から「どうせできないでしょ」と決めつけられることが嫌で、悔しいと思っていました。でも、実際には姉のように勉強やゲーム、友達付き合いも上手にできない。そのたびに「本当に何もできないよね」と母や姉から言われ、笑われることが悔しくて悲しかった。その内、悲しい気持ちになるくらいなら、やってみようと試みることもやめました。

「できない」と言われるから。を理由に「自分はどうせ何もできないから」とできない自分でいることに逃げたんです。

職場でのクレームと理不尽さ

社会人となり、最初に経験したのは接客業です。職場仲間に恵まれて毎日楽しく働いていました。ある時、お客様からクレームがありました。「あの女の対応が不快だった」いたらなかったこと、失敗したことを指摘されただけなのに、「やっぱり私は仕事もできないのか」と自分を責めました。

「できない自分」は、また酷いクレームを言われるだろう。職場の仲間に迷惑をかけるかもしれない。と、ビクビクしながら働いていました。次第にそんな自分に疲れ、逃げるように退職しました。

次に経験したのは事務職です。事務職ならクレームは無いから働きやすくなる。と思い仕事に励みました。ある人から、「まだあれ出来ていないの?」と指摘されるようになります。業務が立て込んでいる事を知っているはずなのに、「あれはまだ?」「え?これもできてないの?何していたの?」と理不尽に責められるようになります。その言葉に、「私は仕事ができないんだ」と自分を責めるようになります。

「自分はできない人」という考えが前提だったから、何かあるたびにまず自分を責めて、辛い気持ちでいっぱいになっていました。
自分を責めるのではなく、そんな状況を周りに相談するとか、作業の効率化を考えるとか対処する方法もあったのに。

結婚さえすれば幸せになれると思っていた

そんな日々を過ごしているうちに、同級生の結婚ブームが訪れます。学生の頃、冴えない子だと思っていた友達が幸せそうな結婚をしている。恋愛経験が乏しかった子に、仕事のできる彼氏がいる。身近な姉にも彼氏がいて幸せそうで「これを買ってもらった」と自慢してくる。

「できない自分」のできない部分を自力で埋めることができず、不満を感じていた当時の私。良い恋愛、良い結婚さえできれば「できない自分」では無くなり、周りからも一目置いてもらえるかもしれないと思っていました。

そんな時に出会ったのが夫です。出会った時は好印象でした。誠実で、頭が良くて大企業に勤務している。私が思い描いていた彼氏そのままでした。恋愛の進展もスムーズで、すぐに結婚をする話しへ展開しました。「誠実な、大企業に勤めている人と結婚をする。」
もう「できない自分」では無くなる。幸せに過ごせると思っていました。

幸になれるはずの夫との結婚生活。次第に夫からの言葉の暴力がエスカレートしてきます。「付き合っていた頃から思っていたけど、おまえはおかしいやつだ。生きる価値の無い人間だ」付き合っていた頃は楽しい日々だと思っていたのに、裏切られた気持ちになりました。
結婚をすれば幸せになれる。「できない自分」では無くなると思っていた私。でも、結婚しても幸せになれなかった。「できない自分」のままだった。生きる希望が無くなり、毎日死ぬことばかりを考えました。

私が逃げていた問題

何かあるたびに、「どうせできない」と自分を否定ばかりして、「できない自分」でいることに逃げていました。できない部分を補う努力をするより、その方が楽だったから。
それに、できないと言われているけど、自分はできるんだと思っていたかったのだと思います。
周りが求めるような、何でもできる自分でいなければ。と思い込んでいたから。

夫と離れてから「できない部分があることは人間として当然のこと」という考えがある事を知りました。できない部分を指摘されること、できない部分があること、イコール私の全てを否定しているわけではないと、ようやく考えられるようになりました。「できない自分」をやっと受け入れられるようになれたのです。

人ができていないことを見つけると、「できないやつだ」と人格まで否定する、夫や母と姉。彼らこそ「できない自分」を受け入れられず、「できる自分でいなければ」と苦しんでいたのだと思います。
「人間だもん。できない事もあるよね」と自分を受け入れられている人は、そんな言いかたをするはずないから。

今、人から責められ人格まで否定されているかた。責め立てる人は自分自身のことを責めているのだと、真に受けないで欲しいと思います。できない自分を責めるのでは無く、できる方法を考える。それでもできなければ、「できないことがあってもいい。できることをやっていればそれでいい」と、自分を認めて欲しいと思います。

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