シェルターを出たあとの生活はどうするか?迫られた選択と出した結論

シェルターに入り、一週間ほどたったとき面談がありました。
聞かれたのは、これからどうするかについてです。

シェルターを出たあとの2つの選択肢

シェルターを出たあとの生活について2つの選択肢があることを知らされました。

  • シェルターよりは自由のある母子保護施設に入ること。
    しかし居られる期間は3ヵ月と聞かされました。
  • 家族の元に帰ること。

シェルターに入る前姉に電話をしたとき
「私の家に来たら」と言ってくれていました。

でも、姉は気分にムラがあり私を否定することがあります。
そのことについて悩んだこともあったので
姉の所には行きたくないと思っていました。

そのことを伝えると

「せっかく迎え入れてくれる家族がいるのに何で頼らないの?
3ヵ月以内に仕事が決まるかわからないし、子供を預ける人もいないんでしょ?
仕事を探したことある?どうやって仕事を探すのか知ってる?
お金を減らさない方法を選択した方が良い」と言われました。

3ヵ月で生活を立て直さなければいけないと焦りを感じました。

私が知らなかったそのほかの選択肢

  • 母子生活支援施設(旧称:母子寮)に入ることもできること。
  • 子供を預けられず、仕事も見つから無いためお金が底をついても、生活保護を受けられること。

相談員さんは何でも知っているから、
私が進む道は2つしか無いと思っていましたが
相談員さんが教えてくれなかった選択肢もあったことにあとから気がつきました。

モラハラ、DVの被害を受けると
自分の自覚以上に精神的に傷つき、不安定な状態です。

様々な支援を受け、心身を休めながら
じっくり自立に向けて進んでいく方法を選択するのも一つです。

活力が戻ったら、社会へ貢献していくことはできるので
弱っているときに助けを求めることは、恥じることでは無いと思います。

自分の気持ちを伝えて感じたこと

姉のところへ行ったあとの生活を考えてみると

  • 「かわいそう、いつも不幸だよね」と言われ傷口に塩を塗られる気持ちになる。
  • 「家事くらいして。ごはん作って。」と言われて休むことができない。
  • 「いつまでいるの?」と突然言われて混乱する。
  • 姉も仕事をしているので、昼間は家におらず
    結局子供を見てくれず、仕事を探すことが難しくなる。

姉と生活をしても
心身を休め、次に進むために前向きな気持ちになれることが想像できませんでした。

相談員さんは、家族を頼らず国を頼ることは
国民の税金を使うことになる。
そのことをできる限り避けたいのだろうと感じたので

「わかりました。姉のところに行きます」と
答えそうになりました。

でも、今まで人の迷惑にならないようにと
自分の気持ちを押し殺した人生を過ごしてきたけれど
辛いことの方が多かったと感じています。
今までとは違う人生を歩むために
自分の気持ちを尊重したいと考えました。

でも、自分の気持ちを伝えることを怖く感じ
一度考えたいからと、答えは後日出すことにしました。

相談員さんが帰った後に何度考えても
「姉の所で生活したくない。誰かの顔色を伺うことなく、自分の気持ちを尊重して生きていきたい」と
気持ちは変わりませんでした。

数日後、再び面談を行った際に
「姉の所には行かずに一人で頑張りたい。今まで姉や母親にも否定的なことを言われることがあって辛かったから、これからは誰の顔色も伺うことのない生活がしたい」と
自分の気持ちを素直に伝えました。

「何考えているの?バカじゃないの?」と言わることを想像していましたが

相談員さんは
「気持ちはわかりました。そう決めたのなら、仕事が決まり自立できるまでサポートしますね。
さっそく次の施設を探します。3ヵ月の間に仕事が決まるように頑張りましょう」と

私は、自分の気持ちを受け入れてもらえると思わなかったので驚きました。
「自分の意見を尊重し、素直に相手に伝えても良い」ことを初めて知りました。

これからは、自分の気持ちに正直に生きようと決めました。

そして、心身を整え生活を立て直せたら
存分に社会に貢献しようと決意しました。

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